【お仕事エピソード】推し活で単身タイへ飛んだ女子学生
週末のお昼過ぎ、駅直結のショッピングセンター内にある旅行会社のカウンターに、
大学1~2年生くらいの娘さんと、そのお母さんが来店した。
店頭スタッフに案内されて、わたしの前に座られた瞬間、娘さんが開口一番、
「海外旅行は初めてなんですが、ひとりでタイに行きたいんです!」
と仰った。
目をキラキラさせて、隣のカウンターのお客様にもハッキリと聞こえるボリュームで、前のめりに訴えるお客様。それを聞いた営業職のわたしは(あ、これは今日予約していただけるだろうな)と思い、「かしこまりました。最適な旅行をご提案したいので、いくつかお伺いさせていただいてもよろしいでしょうか。」とカウンセリングを始めた。
『ユーリ!!! on ICE』の大ファンで、タイのアニメイトでしか買うことができない限定グッズを買いに行きたいのだとか。旅行目的がはっきりしている相談は、話がまとまるのが非常に早い。グッズの発売日は決まっていたし、アルバイトで貯めた旅行資金も明確だった。
- パッケージツアー or 航空券&ホテルの単品注文
- ひとり旅の場合、パッケージツアーを利用すると一人部屋追加代金がかかるため、割高になる。
- 治安や雰囲気、ランクなどの条件と予算とのバランスをとる。
- 航空会社の種類と条件 など
各商品、そのお客様にとってのメリット・デメリットがある。それを理解していただいた上で、自分で選んでもらう。選べないお客様の背中を少しだけ押してあげる。これがわたしの営業スタイルだった。
「それ、スケートのアニメですよね?」と答えたわたしに、お客様は「ご存じなんですね!嬉しい!」と仲間意識を持った様子だった。アニメは観たことがなかったが、ネットサーフィンで見かけた小さな知識が思わぬところで役に立つ。彼女はわたしの話を熱心に聞き、ワクワクした表情で旅行プランを組み立てていった。
その横で、静かに座って見守るお母さま。お嬢さまとは対照的に、とても不安げな表情だった。お客様が候補のホテルを吟味している最中、お母さまにお声がけした。
「行動力がある、ステキなお嬢様ですね。」
少し表情がやわらいで、不安な気持ちを吐露してくださった。
「この子、勢いがすごいでしょ?ひとりでタイに行くなんて私の若い時代では考えられなかったからどうしても心配なんです。実際、あなたはこの年齢でのひとり旅は賛成ですか?」
わたしは賛成だと即答した。この予約を逃したら営業としてロスになるからではない。1件のタイ旅行分は、正直どうとでもカバーできる。ひとりの旅行好きとして、賛成だからだ。
「心配な気持ちは理解できます。ただ、わたしは親になった経験がないので、心配する立場に立ったことがありません。あくまで娘の立場からしか申し上げますと、送り出してもらった方が人生の糧になります。やりたいことに挑戦すること、実行する経験を積むことはとても大事だと思うからです。
心配でしたら、その要素を減らしていきましょう。海外旅行保険は一番手厚いものに加入して、保険証のコピーは必ずお母さまに渡していただく。ホテルのWifi頼みだと日中に連絡が取れなかったり、部屋の位置によってはネットワーク状況が悪いことがあります。朝晩の連絡を確実に取れるように、ポケットWifiを日本の空港からレンタルしていかれてはいかがでしょうか。」
最終的に、お母さまが保険料とポケットWifi分を金銭面で支援し、お嬢さまは朝晩必ず連絡すると約束していらっしゃった。
日程表が手元に届く前から、旅行前・旅行中の不安なことや質問をたくさんメールしてくださった。自分で調べた上で、わたしの経験上の意見を聞きたい、という質問だった。こういうお客様は、とても愛おしい。10聞かれたことに15くらいで返してしまった。そのお客様の旅行は3月上旬だった。
月末に退職を予定していた3月下旬、退職前の引継ぎは早々に終わってたため、後輩のフォローや雑用をこなしていたある日、そのお客様がお土産を持って来店された。
「タイ、とても楽しかったんです!アニメイトに並んでいる時、一緒に並んでいる人に勇気を出して声を掛けたら友達になれたんです。タイに住んでいる日本人で、同じアニメ好きで意気投合したんです。次にグッズが出たときは、東京のグッズをタイに送る約束までしてきました!ざき子さん、あの時お母さんを説得してくれて、本当にありがとうございました!タイのひとり旅、すごくすごーく楽しかったです!」
お土産と営業冥利に尽きるお土産話をしてくださったことにお礼を言うとともに、退職のご挨拶をした。連絡先を聞かれたけれど、旅行会社で働く予定はその時なかったからお断りした。
今、あの子はどうしているだろうか。また、キラキラした目で旅行の計画を立ててくれていればいいなと心から思う。